内藤先生②

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内藤先生の記事、良かったよとメールが来たので、気をよくしてもう一つだけ書いてみます(笑)

2番目に感動した箇所は、23歳のユキさんという女性の話です。

内藤先生が看取った最初の患者で、末期のがん患者だったそうです。
患者にこう聞いたそうです。

内藤先生 「どうしたい?」
ユキさん  「家族と過ごしたい」

ここまでは、医者ならば誰でも経験することです。違うのはここからです。
普通は、そのまま聞き流し、BSC(Best Supportive Care)と言う名の元に入院させておきます。

まぁ、あまり深入りするなよとか先輩に言われながら・・・
私もやりすぎ、やりすぎって何度言われたかしれません。

でも内藤先生は、なんとこの患者を家に帰し、往診したそうです。
もちろん、急変が心配で、一日に何度も電話を入れて確認したそうです。
私も眠れなくなるまで追い詰められたことがあるからわかるんです。この24時間、自分の時間がないという生活は本当にきついんです。

でもユキさんがこう言ってくれたそうです。
「先生、私ね、大学病院の先生が百人いなくてもいいの。私には内藤先生がいるからいいの」

その4ヶ月後に亡くなったそうです。

そして、そういうのも全部受け止めたうえで、こう先生は言われております。

「生きるってことは、シリアスじゃなくて楽しいなのよ」

さだまさしさんも以前、同じことを言っていました。

生きるということを、深刻に考えすぎてはダメ。もちろんなめてはいけないけど、決して深く考えすぎてもいけないものだよと。

私は、最初に看取った患者が誰であったか、お恥ずかしい話ですが、覚えていません。
看取った患者は1000人はいっていないと思います。

もちろん全員の顔は思い出せません。一日に3人も4人も看取ることのある、へき地の病院で、看取った全員の顔を覚えていますなんていう医者はいないと思います。

でも、時々、そのうちの何人かと会話をしているような、どうしてほしかったかを繰り返し訪ねているような、そんな時間があります。

でも本当はそんな時間は必要ないのかもしれません・・・
そんな暇があったら、早く寝て、次の患者を診ろよと言われているような気もするんです。

だって答えは無いんですもの。
答えが無い事をわかっていながら、答えのないことを考えたい性分なんですよね、わたし。困ったものです(笑)