長い長いトンネル

トンネル
2014年7月、市立大町総合病院を去り、母校である富山大学病院に戻った。

信州大学の中澤先生が大町を出ていけるようにしてくれ、
富山大学の有嶋先生が富山に戻ってこられるようにしてくれた。

人ひとりの命の重さは、その受け手によって全く異なると思う。
2013年1月4日、私にとっては生涯忘れることのできない、また忘れてはいけない日になった。

そのことを先輩や後輩、同期に話しても、それは先生のせいじゃないよと言ってくれる。
でも私にはわかります。

私のせいなんです。

あの日に違う判断をしていたら、今もご主人と笑っていたかもしれないと思うんです。

それから約2か月後の2月下旬の寒い朝、私が主治医として死亡確認をしました。
病室のご主人のさびしそうな顔を忘れることはないと思います。

私はこの傷を生涯大切にし、絶対に風化させたくないんです。
もしもこの傷が胸で痛まなくなったら、その時は医者を辞めようと思います。