あまつぶ内科

富山県富山市にある内科クリニックです。院長が『自分を表現したい』とはじめたブログです。

さぁ降りるぞー

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武田鉄矢さんの本を読んでいたら、こんなことが書いてありました。

『人生に「折り返し」の赤標を立てることは力の限界を決めてしまうことではありません。
人生に込められたもうひとつの意味を感受するには、赤標を回り、来た道を帰らねばならないのです。』

『確かに、太陽は今、中天にあり、見渡すものすべて輝いているだろう。だが、忘れてはいけない。午前を上ってきた時計の針は正午を過ぎれば、そこからは午後の文字盤を下りてゆく。その陽射しはその座を東から西に移すのです。もう、東の窓から離れ、西の窓へ移りなさい。午後の陽射しは西の窓辺にしかありません。』

赤標をどこに立てるのかについてはユングを引いてこう言っておられます。
『人生という時計の針は後戻りさせることが出来ない。若い人間が外部に見出し、又、見出さざるをえなかったものを、人生の午後にある人間は、自己の内部に見出さねばならぬのである。(ユング 無意識の心理)

人は降りてゆかねばならないのです。登っていくときはただ頂きのみをにらんでゆけばよかった。
しかし、降りてゆくときは違う。裾野のすべてを眺めねばなりません。
これまでと違って一点を見ない俯瞰の眼差しが大切です。』

年齢を3で割ると人生の刻限になるらしい・・・
今、私は36歳。36÷3=12歳。
今がちょうど人生の正午。つまり折り返し地点のようです。
ここからの私は生き方を変えねばならないということでしょう。

人はどうしても“あともうちょっと、あともうちょっと”と登り続けてしまうもの。赤標を立てて、そこを回り、降りてゆくことはそんなに簡単なことじゃない。人の欲には限りがないから・・・

思えばこれまでいつだって一点を見つめて登ってきた。
でも息子が生まれ、家族を持ち、もうそろそろ降りてかなきゃなぁと思っていたんです。

赤標は自分で立てるしかない。
別にもう頑張らないというわけじゃない。
ただ、やり過ぎるくらい集中するタイプだから、そこはもういいかげん終わりにしなきゃなと。

いつだったか親友だった奴が私に『バランス』と書いた紙をくれた。大学に入る前のこと。
私はその紙を粉々にして、偏りこそが俺の人生なんだと突っ張った。
ごめん、竹ちゃん。

そういえば下山の時は広く景色が見えて楽しいね。
ちょっとずつ降りはじめますかねぇ・・・