医者のものづくり

テーマ:油絵・盆栽・サックス・小説などのものづくりを通して、まちの患者さんにほんのちょっぴりむくもりを!

連載小説『ある少年が開業医になるまで』①

17歳。高校2年の冬。Mは決心した。

もう周りに合わせるのはやめる。そして自分の感性に従って生きてみよう。

それで間違ってもいいじゃないか。参考書に従って生きていくよりよっぽどマシだ。

 

まず高校を退学することにした。

みんな一緒に大学受験なんてクソ食らえだった。

自分の将来をまず、自分でハンドリングするのだ。

こうしてMの長い浪人生活はスタートした。

 

開業医になりたい理由の上位はいつの時代も不変である。

地域密着でやりたい・金持ちになりたい・時間の拘束がないの3つである。

 

しかしMは違った。自分が生きていく道として、それしか思い描けなかったのだ。

何度イメージしてもだ。

 

高校3年、4月。Mは高校を中退すると、すぐに予備校の自習室に通い始めた。

毎朝8時から夜の8時まで自習室で勉強して、家に帰るという計画だった。

 

当初はものすごいやる気であったが、夏まで持たなかった。

まず朝起きて、行く場所があるということがどれほどありがたいことか、身に染みた。

 

朝、自宅のドアを出て、予備校の机にたどり着かないのだ。

途中、コンビニへより、本屋により、公園により、着くのは午後になっていった。

 

Mにとって最初の挫折となったのは大学受験だった。

当時、国立の医学部は大激戦の様相を呈していた。

東大の医学部に入れる実力があっても、地方の国立医学部に進学することが流行り始める走りの時代だったのだ。

 

そんなことも知らないMは高校の担任にこう言い放った。

「〇〇大の医学部に行くから高校を辞めて自分で勉強したい」

 

それがどれほど大変な道なのか、まったくわかっていなかった。

 

 

そしてそんなMに恩師オギはこう言った。自分がイメージできる道に行けと。

そして、おそらくそれ以外には医者として生きていけないだろうとも付け加えた。

 

こうして予備校時代の恩師の言葉のいくつかはMに多大な影響を与えた。

 

そしてそれこそが、彼にとっての道しるべでもあった。

 

つづく