医師ときどき絵描き

富山県富山市にある内科クリニックの開業医。医療とアートを地域に届けたい!

ある医師の僕物語1

師匠が受験時代の物語を書いている・・・

とっても面白いので、わても真似してみよう!

 

画家の文章って、どこか知的で文化の香りがするのはどうしてだろう。

普段から自分の内面と向き合う時間が長いからだろうか?

インタビューの動画も観たが話し方すら知的でカッコいい。

 

よし、僕も知的な文章を書くこととしようではないか。

 

22歳。春。

4浪目を九州の福岡で過ごした僕は受験のため上京していた。

 

その当時で受験料は1校6万円した。

なんで受けるだけで6万円するんだろうと憤慨しつつも、もうあとがない!

私大の医学部は授業料が高すぎて、受かってもいけないのだが、国立へ向けて練習の意味もある。なけなしの6万円を放り込んだ。

 

東邦医大。1次試験。

忘れもしない寒い冬のとある1月。

私は受験会場に向かうため、山手線に乗るはずだった。

 

電車の中でも必死に何かを読んでいた。

その時。

「来たぁー」

 

トイレに行きたくなった僕。それも時間がかかるほう・・・

 

生来、楽観的過ぎる私。いつだって読みが甘い。

日暮里駅ならトイレの場所を知っているから、そこでしようと思った。

 

しかーし。

 

もう我慢できん。

三河島駅で止まるとすかさずダッシュをかまし、エスカレーターを駆け下りた。

トイレのドア直前。

 

「・・・」

 

終わった。

トボトボとトイレの個室に入る僕。

 

ジーンズを脱ぎ、パンツは片隅に追いやった。靴下も追いやった。

しばらく茫然としたあと、個室を出た。

あらんかぎりの勇気を振り絞った。

もちろん下は何も身につけていない。

 

トイレは小さく、洗面台に向かうとドアは手が届きそうな距離だった。

おしりを突き出してドアをふさぎ、ジャブジャブジャブ。

 

試験の朝に、受験生がやることでは到底なかった。

 

4浪。22歳。男。無職。

 

かつての同級生は卒業を迎えていた。

この春から社会人として入社が決まった会社を誇らし気に自慢する友。

引きつりながら頑張れよという高校中退の僕。

 

しかも今はどうだか知らないが、当時、会社は25歳までしか就職できない会社がほとんどだった。つまり、もう会社員にはなれない僕。

 

人生どん底・・・

というほどでもないが、トンネルの中でもがいているのは間違いなかった。

 

まだ出口の見えない冬の朝。

 

ジャブ、ジャブ、ジャブ。

もう死のうかなと思った。

 

そのあと、ぬれたジーンズをはき、真冬の空の下に出た私。

 

風が冷たかった・・・

 

つづく(かもしれない)