あまつぶ内科

富山県富山市にある内科クリニックです。院長が『自分を表現したい』とはじめたブログです。

『論外くん』シーン56

論外くんは浪人生。3浪目。

 

論外くんは二十歳。親もとを離れた。巣立ちの時だった。

巣立ったばかりのヒナ論外は、受験という壁に全力でぶち当たっていった。

 

当時、日本で一番厳しいと有名だった予備校。それが両国予備校だった。

論外くんが特に大変だったのは、今まで親がやってくれたこと・用意してくれたものが全部なくなり、すべて自分でやらなければいけなかったことだった。

艱難辛苦を買ってでもしなければならないという予備校の宣伝文句教えだった。

 

船橋の寮に配属された論外くん。寮から船橋駅までは普通に歩いたら40分はかかった。

ハッキリ言って受験にはマイナスだった。

カバンとジーンズが擦れてジーンズは擦り切れた。太ももは赤あざを通り越してみみず腫れ状態・・・

 

全寮制で寮は選べない。

論外くんの船橋寮は46人。

朝は軍歌のような校歌で叩き起こされ、寮監という変なジジイに「番号ー、番号ー、ばんごー」と叫ばれた。

ここは刑務所なんじゃないかと誰もが思ってたはずだ。

寮を出れる時間は週に2時間。

夜はノックもせずに寮監が回ってきて、訳のわからんことをのたまわって出ていった。

ノイローゼになって帰ったやつもいた。

 

論外くんは案外図太かった。

論外くんは素っ裸で眠っていた。

 

見回りに来た寮監 「・・・」

論外くん     「ガーゴー、ガーゴー」

見回りに来た寮監 「・・・」

 

ガチャ、スタスタスタ・・・

 

また、論外くんはほとんど掃除というものをやらなかった。

ほとんどというよりも1年間、ただの一度もトイレ風呂など掃除は一切やらなかった。

もちろんカビだらけとなっていた。

よくこんなところに住んでいたなと親に言われる始末だった。

 

一心不乱に勉強していた。

これは余裕で受かるなと思った。

が、しかし、センター試験で失敗をかまし、論外くんはガックリとうなだれた。

「もう死のうかな・・・」

論外くんは悲しくなった。

 

こうして4浪目に突入した。